「親しき中にも礼儀あり」家族間であってもお互いに相手を気遣う気持ちは大切ではないでしょうか。家族間だからこそ一度こじれてしまうと修復するのに対他人より根深い問題となってしまう場合があるものです。いい関係でいるためにも、親には子供を黙って見守る忍耐力が必要です。
親にとって愛情でも、子供にとっては「ウザイ」

親は子供の幸せを願うものです。それは至極当然で当たり前の信条ではないでしょうか。だからこそ、心配してしまうのです。長く生きてきた親だからこそ、人生のその先に起こり得ることが見えてしまうものだから・・・それが子供にとっては「余計なお世話」「ウザイ」と感じてしまうものなのかもしれません。
例えば、私も含め20代半ば過ぎ~30代のいわゆる世間一般的に言われる「結婚適齢期」の子を持つ親世代がつい子供に言ってしまいがちな言葉として多いのが「早く結婚しなさい」「早く孫の顔が見たい」というものではないでしょうか?
近年、若者の結婚観は変わってきています。こんな記事も書きました。『結婚しない若者急上昇?日本経済の衰退が影響を及ぼす結婚観』
親世代と子世代で違う幸せの価値観
親と子供が思う「幸せの価値観」が同じであるとは限りません。時代が変わり働き方等様々な常識が変わっている今、幸せに対する価値観も変わって当然ともいえます。しかも、親と子であったとしても別個の人格です。
子供には子供の人生があるのです。親はつい子供を「自分の分身」のように捉えがちです。でも自分にとって理想の子供の人生を押し付けるのではなく、ただただ子供幸せを願うことが大切。それが本当の愛情なのではないでしょうか。

今はこう言えている私自身、子育てをしている過程でたくさんの失敗をしてきました。
「勉強しないさい」「危ないから○○をしてはダメ」などなど・・たくさんの小言を言ってのびのびとあるべき子供の行動を抑制してしまいました。
結果、冒険をしない、突発的な事案に対応が難しいなどなど、大人になった我が子を見ていると心配になる事もあります。
そんな後悔があるからこそ強く思うのです。
子供の方から相談してくることがなければ、あれこれ言わないで、見守ることが大事なのだと。
親は忍耐力が必要

「見守る」ことはとても忍耐力の居ることです。子供の方から相談してくるのを「待つ」というのも同じくです。
私たち親は、子供たちより長い人生を生きているのだから、その行動が後にどんな失敗を起こす可能性があるのかを感覚で分かってしまうものです。
だからこそ大切な子供が怪我をしないように、転ぶ前に手を差し伸べてやりたくなるのも道理でしょう。
でも、それでは駄目なんです。
命にかかわる程のことではない、多少の躓きはさせたほうがいいのです。躓いたから、擦りむいたからこそ子供は自分の行動が間違いだと気づくのです。
そうして次に「じゃあ、どうする?」と考えることをするのです。
それが「自分の頭で考えて行動する」力をつける方法なのでしょう。
本人の考える力を損なわない程度のほんの少しの情報を与える、この力加減がなかなか難しいんですけどね(^^;)
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自分の頭で考える力を奪う親であってはならない
その芽を摘み取る親ではいけないのです。
特に、結婚をすることや子供を作るというのは、人知を超えたものとも言えるでしょう。それは時として本人が望んでいても叶わないこともあります。
子供が結婚や我が子を望んでいるけど、なかなかうまくいかなくて悩んでいるとしたら、「結婚しないの?」「子供はまだ?」という言葉は子供に追い打ちをかけ子供の心を苦しめてしまうことになってしまうでしょう。
親は愛しているから、大切に思っているから「心配する」のだと思いがちですが、本当の愛情は、どんな状況でも、自分の子供には幸せになる力があるのだと「信じて見守る」ことなんですよね。
人は、血が繋がっていることに甘えがちです。「親子の縁は永遠」と無意識に信じてしまっています。だから遠慮もなくなってしまうのです。
でも、親子であっても、関係が壊れるときは壊れます。そんな時、親子だからこそ修復が不可能となるケースが多いものです。問題が根深いのです。
だからこそ、「相手は、自分とは別の人間なのだ」ということを必要以上に認識しなければならないと思うのです。
時に言葉には特に気を付けて、いい関係性を保っていきたいものですね。


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