イギリスのエリザベス女王が9月8日、亡くなられましたね。96歳とのことでしたが、亡くなる直近まで公務をされ、最期まで頭もしっかりしたご様子だったとのこと。
これこそピンピンコロリの私が目指したい亡くなり方です。
日本の皇室と並び称されることの多いイギリス王室
イギリスも日本も政治政体としては立憲君主制を取っているため、同じともいえます。「国王は君臨すれとも統治せず」という言葉が表しているように、その存在は認められているが、統治はしない、つまりわかりやすいのは「象徴」という言葉でしょう。
日本では天皇陛下の事を「象徴天皇」と言いますよね。
私も詳しいわけではありませんが、イギリス王室は日本の皇室と似ているのだろうな、と漠然と感じていました。
でも、エリザベス女王が亡くなったというニュースが世界中を駆け巡っている様を見聞きしていると、その存在の大きさに驚いています。
昭和天皇も在位50年を超えましたが、エリザベス女王は70年。
イギリス(当時はイングランド王国)は昔、16世紀から17世紀の頃、清教徒戦争で一度王政が廃止され、共和制(イングランド共和国)となりましたがその後王政復古が行われた歴史があります。
「君主制制廃止」という危機感はどちらの君主にも重くのしかかっているのではないでしょうか・
人ではなく神だった?昭和天皇
私も昭和生まれのアラフィフ世代ですから、昭和天皇のことはよく覚えています。
ただ、親近感があったかという、そうは言えない存在でした。あまりお声を聴くこともなく、いつも表情を変えることなく、お話の仕方も堅いというか、近寄りがたい存在でした。
もちろん近づく機会などある訳もありません。
そこはやはり、絶対君主であった時代の天皇陛下だという事なのでしょう。
太平洋戦争が終わるまでは人ではなく神だと崇められた存在だったそうですし。
天皇陛下をお守りするためなら命も投げ出すのは当たり前、一般庶民の家に天皇陛下御夫妻の写真があって一家全員でそれを崇めていた、そんな時代が日本にもあったのです。今の時代では北朝鮮がそれに近い気がしますね。それが太平洋戦争での敗戦で、天皇は象徴とする、と言われても簡単に受け入れられるものではなかったのではないでしょうか?
ご本人にももちろん大きな葛藤がおありだったでしょうが、「国民を救えるのなら」と周りの反対を押し切って自ら受け入れられたと言われています。
そんな昭和天皇は、やはり君主たる器の大きな方ではなかったかと感じます。
どちらの国も、同じ苦しみ、危機感を味わった経験があったのですね。
昭和天皇とエリザベス女王
1975年、王配フィリップ殿下と初めて(最初で最後となったそうですが)来日された時のこと、帰国時に受けたインタビューで、この来日で一番印象深かったことを聞かれた女王陛下は、「昭和天皇に教えを受けたこと」と即答されたそうです。
京都や伊勢神宮、新幹線にも乗った経験を抑えての即答です。
「女王は孤独なもの」「重大な決定を下すのは自分しかいない」。そう打ち明けた女王は「この立場が分かっていただけるのは、ご在位50年の天皇陛下しかおられません」と説明し、「自分が教えを受けられるのはこの方しかない」との気持ちで訪日したことを明かしたそうです。(yahoo記事・日テレミヤネ屋参照)
こういうことを経て日本の皇室とイギリス王室とは親交を深めていかれたのではないでしょうか。
昭和天皇がメディアに対してあまり口数多く語る方ではなかったこともあり、少し冷たい印象を持っていた私のような人も少なくはなかったでしょう。でも、こういうお話を聞けたことで、実はお優しく、ご自身も孤独と戦っておられたであろう昭和天皇に親近感を抱くこととなりました。
私はアラフィフ世代なので親は戦争を知っている世代です。
余談ですが、特別皇室を崇めていたわけではありませんが、母は上皇后美智子様が好きだったようで、皇室の写真集なんかが家にありました。
「皇室アルバム」という番組をよく見ていたのも覚えています。
やはり特別な存在だたのかもしれませんね。
常に崇められていたわけではないエリザベス女王
しかし、ダイアナ元妃のことで、当時イギリス王室は国民から批判を浴び、王政に疑問の声も上がったようです。
ダイアナ元妃は大変美しく、結婚してからが決して幸せではなかった内情が国民の知るところとなり、そのあとの離婚後の不遇の死、あまりにもドラマティックすぎる死に方だったこと、またその際の女王の対応にも批判が集まりました。あまりにも冷たいと・・
もちろん本当のところはわかりません。
でも、それだけダイアナ元妃も国民に愛されていたという事なんでしょうね。
チャールズ皇太子(当時)とダイアナ元妃の離婚に大きくかかわったとされるカミラ夫人がチャールズと再婚、王室に迎えられたことでも、王室離れが加速した中、エリザベス女王自身心を痛めていたことでしょう。
そんな中、打開策として用いられたのが普及してきたSNSの活用でした。
なんと2014年「@TheRoyalFamily」のアカウントでTwitterデビューをはたし(その頃女王は88歳⁈)最近でもインスタグラムに投稿を始めるなど、バイタリティーぶりを発揮していたようです。元々チャーミングな探求心の強い方だったのかもしれません。
女王は常に、民意を意識しながら王室のあり方を模索したと言われています。
常に明るくチャーミングな女王やファミリーの飾らぬ姿を見せることで、国民との距離も少しずつ近くなって、亡くなった今、心から涙する国民があんなにもたくさんできたのでしょう。
まだ在位の確定していなかった21歳の頃、すでに「私の全人生は、たとえそれが長くても短くても、国民の皆さんと英連邦にささげることを誓います」と誓ったそうです。
21歳ですよ⁉私の子供たちより年下です。そんな頃から国を思う覚悟を持たなければならなかったのかと、心が痛みもしますが、あまりにも強い誓いの声に、70年在位してこられたエリザベス女王陛下のやり通した君主の姿勢に、今まさに世界中がその死を悼んで、多くの人が悲しみ花を手向けるのでしょう。
ただ長く君主であり続けただけではない女王の在りようと覚悟を感じます。

最後に、これぞピンピンコロリの理想の人生の幕の引き方だなと感服しています。
亡くなる2日前まで新しく首相となったトラス氏と直接会い、首相任命を授けられた女王。エジンバラ公(私の世代はフィリップ殿下よりエジンバラ公とお呼びする方がしっくりくるのです)が亡くなって約1年半弱。
ほぼすべての女王としての時間を共に過ごされてから約1年半弱。
エリザベス女王陛下に心から哀悼の意を表します。
お疲れさまでした。エジンバラ公とごゆっくりなさってください。


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