点字ブロックの上を歩くのは誰?知ってる常識とやってる非常識

点字ブロックの上を歩くのは誰?知ってる常識とやってる非常識 社会 情報

あなたは自分が常識があると思いますか?

私は、半世紀生きてきて、自分自身を常識的な人間だと自負しています。だけどそれは当たり前のようでいてその実、面白みがない人間なのではないかとも思えることもあるんです。

だからって、非常識なことはできもしないし、したいとも思ってないんですけどね。

一般常識を知らない、気づかない人が多すぎる

仕事をしている中、ここ最近特に感じるのですが、朝礼などでリーダー側から私たち派遣全員に対して注意を促すものの多くが、あまりにも幼稚でげんなりしています。

「昼食のごみはちゃんと分別してください」「医療ごみと普通ごみは分けてください」だの「休憩中でもお客様か見える位置で寝ないでください」などなど・・呆れてしまいませんか?

『なんでこんなことを全体朝礼で言うのか?』
と、疑問に思ってしまいます。ここは小学校か???

だって仕事場にいるのは多くが社会人、若くてもアルバイトの大学生です。

そういう年代の人々を対象に、こんな注意が毎朝あることがすごく不思議でした。

何故、こんなことが?言われなければ気づかないの?

こんなふうに感じてしまうのは、自分が歳をとったということなのでしょうか?

“飲んだペットボトルを片付けない” とか

“食べたお弁当のゴミの分別ができていない”などなど

やるのが普通だと感じて生きてきたことが、普通ではない、常識が薄れていると感じます。

時流によって常識は変わってく・・知れでも変わってはいけないものがある

確かに世の中時を経て、昔の常識がそうでなくなってることは間違いなくあります。

例えば、昔は終身雇用が当たり前で大手上場企業に入社出来たら将来は安泰、
だから勉強して一流大学へ入ることがその子の幸せと考える人たちのなんと多かったことか

これは現代の日本世帯にはまだまだ払拭されない思い込みとなってもいます。

まあ、一概に間違っているとも言い切れないのが今の日本の現実でもありますが・・・

意識していなければ、常識は常識でなくなることもある

ただ私自身、知ってはいても常識だととらえた行動が全くできていないものもあります。

考えれば、意識してさえいれば、至極当然当たり前の部類の事なのに、です。

そんなものの一つに、ニュースを見ていて気づかされました。

【点字ブロック】のことをやっていました。
目の不自由な人が歩く際、とても大切なもの、路面にある黄色い道です。
ほぼ全ての人がスマホを持つ現代、“歩きスマホ”の危険性はよく耳にしていました。

自分自身も気をつけないといけないと思ってもいました。でも、…

【点字ブロックの上を多くの人が歩きスマホをしている】

ということは意識していませんでした。点字ブロックの上を歩くのは誰?知ってる常識とやってる非常識

少し考えればすぐわかることでした。
つまり、これが至極当然、当たり前のことです。

常識と言えることだったのに、私自身、意識していなかったことに愕然としました。

そして、絶対に自分がやっていないという自信が持てないことにまた、ショックを受けました。

なぜなら人は、無意識にまっすぐ歩こうとするのではないでしょうか?

そういう習性があるとしたら、歩きスマホをしている際は、まっすぐ歩ける点字ブロックの上を歩くことを、
無意識に選んでしまっているのは…

もちろん無意識ですから、わざと、とか、迷惑行為だとは言えないものでしょう。

けれどもし、目の不自由な人にぶつかってしまったとしたら…

想像してみてください。私はとても恐ろしくなりました。

ニュースの中でインタビューされた全盲の男性が話されていたことに、猛省が湧き上がりました。

「自分達は(点字ブロックを歩く)他に選択肢がないのです」

私たち健常者は自ら選択することがたくさん出来るのだなと、改めて思い知ることになりました。

選択できることへのおごり

自分は常識人だ、大人なのに、社会人なのにこんな簡単なこともわからないのか?と思うことは、
実はとてつもないものすごいおごりだったと気づかされました。

“人の振り見て我が振り直せ”

先人の言葉は、なるほどな、と感じるものが多いですよね。

先を歩いた人々の言葉や想いを自身に当てはめて、行動や考えを見直すことを、意識してやっていかねば、と気づかせてくれた一つのニュースのお話でした。

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